こんにちは!えみりーです^o^
現在、私は北海道ニセコでスノボを楽しみながら
Airbnb事情について調べています^^
さて、今回は少しまじめな記事です!
最近ではAirbnbゲストはじめとして
海外からの観光客がすっかり定着している『ニセコ』ですが
実は、ニセコが国際化している背景にはちゃんとした理由があるんです。
今回のAirbnbブログでは、ニセコがいかに国際的な街になっていったのか
その歴史について少し掘りあげて紹介したいと思います!
ここから始まった!ニセコブームのきっかけ
出典:http://blog.goo.ne.jp/bea-aruko/e/0044af1ae5dc7578e16527994a8e40ab
いまや道を通る人々の9割以上が外国人で、
看板やメニューは完全に英語。
海外にきたような感覚になる街、それがニセコです。
少し街中を歩くだけでも、外国人の比率の高さに驚されます!
出典:ski.princehotels.co.jp
そもそもニセコが国際的に知られるようになったのはバブル景気のスキーブーム。
主に来日したオーストラリア人たちの口コミや直行便ができたことで
2004年頃から急激にオーストラリアからのスキー客が
増加したのがブームのきっかけになりました。
その背景にあったのは・・・9.11テロ
主にオーストラリア人が
北米や欧州に行くよりもニセコの方が安心できることや
時差もほとんど無く、良質なパウダースノーであることから
ニセコは国際的に注目のスポットになりました。
ちなみにここ数年では、アジア系の観光客が増加していて
オーストラリア人以外の観光客の比率は09年度で45%にまで上昇しています。
夏の観光客が冬の観光客を上回る!
ニセコの躍進はこれにとどまらず
スキー場以外にも、ニセコはどこに行っても外国人を見かけることが多く、
今では夏の観光客数が、冬の観光客数を逆転するという現象も起きています!
この背景には冬のスキー観光しかなかったこの地域に
ラフティングなど夏の体験観光の魅力を見つけて、
国内外から観光客が集まる通年観光の地に変貌させた
1人のオーストラリア人がいました。
それがロス・フィンドレー氏。
国土交通省が選ぶ「観光カリスマ百選」の一人として
その功績が認められています。彼はオーストラリア出身で
1990年スキーのインストラクターとして来日
ニセコ地域の自然に惹かれ、1992年倶知安町に移住。
ニセコで長い時間を過ごすなかで
彼はニセコの魅力である夏の壮大な自然に気づきます!
「もし夏にやることがあったら、人が集まるのではないか?」
そこでロス氏は、尻別川を下るラフティングを考えました。
出典:http://blog.h-takarajima.com/blog/feature/2009/06/post_179.html
ラフティングとは・・・
専用の大型ゴムボートに乗り
仲間と力を合わせて激流を漕ぎ下っていくスポーツです。ツアーガイドの指示に従うだけで
技術や知識を必要としないという利点もありさらに春・夏・冬の各シーズン楽しめるという点で
徐々に口コミで広まり
予想をはるかに超えるに観光客を集めることに成功しました。
その後、ロス・フィンドレー氏の活動に触発され
ラフティングツアーを手掛ける業者が7業者にのぼるなど
ニセコのアウトドア事業者が増加しました。
進む!街の活性化
これらの活動により、街全体も少しずつ変わり始め、
2000年代前半には豪州資本の開発が進んでいましたが
その後は米国、香港、マレーシアなどの企業が続々参入してきています。
さらにニセコの国際化は現在も進み続けていて・・・
◯ニセコが通年型リゾートに変貌したことで
若者が移住してくるなど人口が増加しました。◯さらに町役場にはカナダなど
さまざまな国から来た外国人職員が働いている。◯以前は人口減少で使われなくなっっていた町の幼稚園を改修し
2013年にはインターナショナルスクールが開校しました。
このように今もなおニセコの国際化は進み続けています。
いかがだったでしょうか?
ニセコの街、全体の国際化が進んだ背景には
冬だけでなく夏の魅力に気づいた方がいらっしゃったんですね♪
『限られた資源の価値に気づき、その魅力を最大限に活かす!』
これからの時代は私たちが日本の魅力を再発見し、
その魅力を海外に向けて発信していくことが必要なんですね^^
少し真面目なお話でしたので、今日はここまで!
今後もAirbnb利用されるみなさんに役に立つ情報を
こちらのブログから発信していきたいと思います^^
それではまた♪